生物多様性と屋上緑化

1.生物多様性とは

生物の起こりは、太古の海で生じたたった一つの自己増殖するタンパク質でした。それが30億年以上の歴史の中で様々な環境への適応や他の生物種との相互作用などの絶え間ない進化によって固有の生物種として分化していきました。今現在知られている生物種の数は150万種以上が挙げられ、未発見の種や未分類の種を数えれば生物種の数は1億を超えると推測されています。そうした多種多様な生物種の多様性が、人間の経済活動によって脅かされています。そのため、1992年には地球サミットで地球環境の保全と持続可能な開発の実現のために生物多様性条約が締結され、現在世界中で推し進められているSDGsでは、「海と陸の生物多様性の保全」が大きな目標としてそれぞれ設定されています。
生物多様性とは、遺伝子というミクロな階層から種や個体群というマクロな階層、さらにそれらが相互作用する生態系の多様性に至る様々な階層での多様性を包括する概念です。そのために、「遺伝的多様性」「種多様性」「生態系多様性」という3つの側面から理解を深めることが重要となります。

2.遺伝的多様性

同じ生物種であっても、全く同じ遺伝子型を持っているわけではありません。ある種における遺伝子全体の事を遺伝子プールと呼びますが、遺伝子プールにより多くの種類の対立遺伝子が存在することが、潜在的に、様々な環境に適応出来る形質が個体群内に存在していると考える事ができます。また、遺伝子プールが大きいほど、突然変異によってより生存に有利な形質を獲得する可能性が高くなります。遺伝的多様性は個体群が大きかったり、メタ個体群と呼ばれる複数の個体群で遺伝子流動が可能となっている状態の時に保たれますが、逆に、個体群が小さすぎたり、隔離されていたりすると、遺伝的浮動やボトルネック効果、近交弱勢によって遺伝的多様性は失われてしまいます。

3.種多様性

種多様性とは、生物群集に含まれる種の組み合わせの豊富さの程度を意味する概念です。種多様性の基本的な基準は生物群集を構成する種の数です。しかしそれだけが重要ではなく、生物群集におけるそれぞれの種が占める割合も重要です。例えば99%が同じ種であり、他の種が1%に満たない割合で生息する生物群集よりも、同じ種数であっても均等な割合で生息する生物群集の方が多様性があるとされています。つまり、種多様性は「種数」と「均等度」から成る概念です。そして、種多様性は空間のスケールに依存します。小区間では種多様性が大きかった群集でも、それを含む大区間では種多様性が高いとは限りません。小区間の種組成が似ていれば、生息地全体の生物多様性は低くなります。つまり、同じ種数だったとしても、満遍なく同じ種組成で広がっているよりも、地点ごとに異なる種組成になっていた方が種多様性が高くなります。

4.生態系の多様性

多様な生物種がいる事には理由があります。あらゆる生物種はその種のみでは生きていく事はできません。数多くの生物種との食物連鎖を含めた相互作用によって生命は維持されています。そのネットワークの豊かさが生態系の多様性となります。あらゆる生物種おいて完全にニッチ(生態的地位)が重なるものは存在し得ないため、それぞれの生物種が役割を担い、ネットワークを維持しています。その複雑なネットワークのおかげで、ひとつの生物種が絶滅した時でも、ニッチが重なる生物種が生態系の役割を補う事で影響がほとんどないように見える事があります。しかし、ニッチに収まったその生物種が次に絶滅したら、生態系は崩壊するという非常に危険な状態に陥ります。あるいは、数段階低次の生物種では多大な影響が起きている可能性もあります。そのような高次の捕食者が取り除かれる事が連鎖的に低次の捕食者に影響を与える事を「トラフィックカスケード」と呼び、バタフライ効果のように遠く離れた生物種に思わぬ影響が現れる事があります。

5.生物多様性の意味

多様な生物種が織りなす生態系は直接的あるいは間接的に人類に多大な恩恵を与えており、それらを総称し「生態系サービス」と呼びます。「生態系サービス」は食料や材木など直接なものから、土壌の生産、汚染物質の浄化、気候の緩和、水害の抑制など、多岐にわたります。地球上で行われている「生態系サービス」を定量化し、仮に人間がそのサービスを自力で行った場合、掛かる費用は実に33兆ドルに上る試算されており、これは世界中の国の国民総生産の2倍という巨額なものです。人類はそれらのサービスを無償で享受していると言い換える事も出来るでしょう。生物多様性が減少すれば、それらの生態系サービスは次第に機能しなくなります。一度失われた生態系の機能は多大な時間と費用を掛けても完全には回復しません。生物多様性の保全は、人類の存続と不可分であると言えます。

6.生物多様性と屋上緑化

都市部において一箇所の広大な空間に多様な生態系を構成するのは容易ではありません。しかしながら、絶滅種の保護区では大型の動物に対してはなるべく広い保護区が望ましいが、小動物や植物では小さい保護区を多数用意する事でも保全出来ると考えられています。都市部で見られる動物はクマやイノシシなどの大型の動物ではなく、ハチやスズメなどの小型の動物であるため、小さな生息地を多数用意する事が肝要です。都市部であっても街路樹や公園、生け垣など、小さな緑は点々と存在しています。屋上緑化もその中の重要な要素の一つです。屋上緑化を増やす事は個体群間の物理的距離を縮め、メタ個体群を構成する事で遺伝的多様性が大きくなる事が期待できます。さらに、生息地の増加は生息する種数を増やし、種多様性も大きく出来ます。屋上緑化のデザインは画一的なものでなく、建物に合わせて設計する事で、土壌厚や植物種が建物ごとに様々となり、ニッチの異なる生物群集が構成されます。これによって、豊富で均等度の高い種多様性と複雑な生態系を生み出す事が出来るでしょう。ただし、折角、多様多種な生物群集を形成しても、植物が枯れてしまっては元も子もありません。耐陰性や耐寒性など、環境にあった植物を選定する事も重要です。適切な管理もまた生息地の持続において重要です。例えば外来種であるセイタカアワダチソウはアレロパシー物資を出して他の植物の成長を阻害させるため、早期に除草処理をしなければ他の植物が衰退してしまいます。生息地が持続されれば、それだけ移入してくる生物種も定着しやすくなり、遺伝的多様性、種多様性、そして生態系的多様性が大きくなると考えられます。
以上のように屋上緑化は生物多様性に大きく貢献できると言えるでしょう。

環境事業部 佐藤 豪士